福岡高等裁判所 平成6年(う)230号 判決 1995年1月25日
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
第一 控訴趣意に対する判断
本件控訴の趣意は、弁護人三溝直喜提出の控訴趣意書、同補充書一に記載されているとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決は、被告人は、平成四年一二月二四日午前六時四五分ころ、業務として普通貨物自動車(以下「被告人車両」という。)を運転し、福岡県小郡市三沢三九四九番地の五付近の道路を津古方面から大保方面に向け時速約四〇キロメートルで進行するに当たり、前方に横断歩道が設けられているのであるから、前方左右を注視し、横断者の有無及び動静を確かめ、進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右前方への注視不十分のまま進行した過失により、横断歩道の直近を右方から左方へ(以下特に断らない限り、左右の方向については、津古方面から大保方面へ進行した場合の方向を意味する。)横断歩行中のA子(当時七〇歳。以下「被害者」という。)を右前方十数メートルないし二〇メートル前後の地点に初めて認め、急制動の措置を講じたが及ばず、同人に自車左前部を衝突させて道路上に転倒させ、よって、同人に頭蓋底骨折の傷害を負わせ、同日午前六時五八分ころ、同市三沢三九四九番地の七所在の倉岡外科内科医院において、右傷害により死亡させた、と認定しているが、本件事故原因は、被告人において、先行するB運転の普通貨物自動車(以下「B車両」という。)の二、三〇メートル後方を走行中、被告人車両の前方に被害者が突然飛び出して来たことにあり、被告人にとって、自車の制動距離外で被害者を発見することは不可能であって、予見可能性はなかったし、また、被害者を発見することが可能になった地点では、もはや本件事故を回避することが不可能であったから回避可能性もなかった、したがって、原判決には、判決に影響することが明らかな事実の誤認があるというのである。
当裁判所は、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討した結果、被告人に予見可能性あるいは回避可能性があったというには合理的な疑いが残ると判断したので、以下、その理由について説明する。
一 本件事故の発生及び現場付近の状況
被告人の検察官調書(不同意部分を除く。以下、同調書を引用した場合も同じ。検一〇号)、警察官調書二通(いずれも不同意部分を除く。以下同調書を引用した場合も同じ。検八、九号)、原審検証調書、実況見分調書(検三号)、写真一二枚(弁二号)によれば、次の事実が認められる。なお、本件事故現場付近の状況は別紙1のとおりである。
本件事故は、平成四年一二月二四日午前六時四五分ころ、県道久留米小郡線上の原判示直線道路(以下「県道」という。)で発生したが、現場は交通整理の行われていない交差点である(本件事故後、押しボタン式信号機が設置された。)。被告人は、片側一車線で、中央線が引いてある県道を津古方面から大保方面へ普通貨物自動車を運転し時速約四〇キロメートルで進行中、進路前方の横断歩道の若干手前を右方から左方へ横断していた被害者を右前方の対向車線内に初めて認め、急制動の措置を講じたが及ばず、自車線(以下被告人車両が走行していた車線を「走行車線」という。)内で被害者に自車左前部を衝突させて道路上に転倒させた。衝突した場所(以下「衝突地点」という。)は、走行車線側の中央線側端から左方に二・一メートル、横断歩道の手前約〇・八メートルの地点であった。なお、被害者は、被告人から見て、横断歩道の若干手前(津古方面寄り)を別紙1(前記実況見分調書添付の交通事故現場見取図の一部)の<ア>の地点から<×>地点に向かい斜めに横断していた。
歩車道の区別について述べると、被告人車両が進行していた道路左側はガードレールによって歩道と車道が区別されているものの、道路右側は、本件交差点までは路側帯があるのみであり(いずれの側も車道部分の幅員は約二・七メートル)、本件交差点を過ぎると断続的に一段ブロックで区別されている。本件交差点は五差路であり、県道と十字に交差する道路(交差道路のうち、右方向に延びる道路の幅員は約四・二メートル)及び同交差点から右斜め前方(西方向)に延びる道路(日吉神社方面へ至る。幅員約三・八メートル)が交差している。県道の左側(東南東側)には、並行して西鉄大牟田線が走っている。県道を津古方面から進行し、本件交差点を左折して西鉄大牟田線の線路を横断すると、進行方向の右方(南南西側)に西鉄三沢駅があり、県道に沿ってプラットホームが延びている。県道の最高速度は毎時四〇キロメートルに指定されている。本件事故当時、小雨が降っており、被告人車両は前照灯を下向きにしてワイパーを作動させながら走行していた。
二 被害者の歩行速度
所論は、原判決は、被害者の歩行速度を普通の速度であったと認定しているが、被害者は通常人の二倍の速度で歩行していたので、この点について、原判決には誤認があると主張する。
確かに、原判決は「有罪認定の理由」において、被害者の歩行速度につき、格別急いでいなかったとして、時速約四キロメートル程度と認定した上で被告人の過失の有無を判断しているものと理解できる。しかし、被告人の原・当審公判供述、検察官調書(検一〇号)、警察官調書二通(検八、九号)、原審検証調書、実況見分調書(検三号)、自動車検査証謄本(検一五号)、写真一二枚(弁二号)によれば、次の事実が認められる。
津古方面から本件交差点に接近した被告人は、横断歩道の手前約一五・三メートルの地点(右実況見分調書添付の交通事故現場見取図の<2>の地点。以下この時の被告人車両の位置を「<2>地点」という。)において、右前方約一三・九メートルの地点にいる被害者(被害者は、横断歩道のすぐ手前で、中央線の対向車線側の側端から約〇・六メートル右方の同車線側にいた。同見取図の<ア>の地点。以下この時の被害者のいた地点を「<ア>地点」という。)を発見し急ブレーキをかけたが、約一四・五メートル進行した自車線上で被害者に衝突し、約三・七メートル進行した地点(同見取図の<4>の地点)で停止した(以下この時の被告人車両の位置を「停止地点」という。)。
<ア>地点から衝突地点までは約二・九メートルであり、被害者がこの距離を歩行する間に被告人車両は右に述べたとおり約一四・五メートル進行している。それで、被告人車両が時速約四〇キロメートル(秒速約一一・一一メートル)のままで進行したとすると、計算上被害者の歩行速度は時速約八キロメートル(秒速約二・二二メートル)となる。この被害者の歩行速度から考えると、被害者は、早足で本件交差点を横断していたものと思われる。
原判決は、「有罪認定の理由」において、前述のような認定をした理由として、被告人車両の前方を同方向に走行していたBが、本件事故現場付近で被害者の存在に気付いていないこと、被告人の警察官調書(検九号)には、被告人が被害者に気付いた際、被害者の歩き方は普通の状態でしたという記載があることを、あげている。しかしながら、本件事故当時、Bが、被告人車両のどのくらい前方をどのような態様でB車両を運転していたのか、及び被害者が県道右側端付近からどのような態様で<ア>地点まで歩行してきたのかを認定することなく、単にBが本件事故現場付近で被害者の存在に気付かなかったことをもって、被害者の歩行速度を推認する間接事実とすることはできない。また、被告人は、警察官調書(検九号)において、本件事故当時被害者の歩き方は普通の状態でしたと供述しているが、その供述は、本件事故から四日後になされたものであるばかりか、この供述内容自体具体性がなく、しかも、実況見分調書の距離関係から計算される被害者の歩行速度と矛盾することについて合理的な理由も全く述べられていないのであるから、被告人の右警察官調書から直ちに被害者の歩行速度を時速約四キロメートルと認定するのは早計である。被告人が本件事故直後の実況見分の際に指示説明した位置関係から算出される被害者の歩行速度の方が、記憶もより新鮮であり、具体的で信用性は高いものと認められる。
原判決は、「有罪認定の理由」において、被告人が事故直後に指示説明した内容が記載されている実況見分調書(検三号)によると、<2>地点から停止地点までの距離が一八・二メートルとなっている点について、空走時間を一秒として計算すると、時速四〇キロメートルでの空走距離(急制動の必要を感じてその動作に入ってから制動効果が現れるまでの距離)は、一一・一メートル、停止距離(制動効果が現れてから車両が停止するまでの距離。原判決は「制動距離」と表現しているが、停止距離を意味するものと理解できる。)は七・一メートルとなって、摩擦係数が〇・八七という湿ったアスファルトの路面では考えられない高い値となるとして、被告人が被害者に気付いた地点は実際には<2>地点より数メートル手前であったと推認されるとしている。確かに、停止距離を求める計算式について、原判決が使用したと思われる
S=V2/259f
Sは停止距離、Vは速度(時速)、fは摩擦係数
にS(停止距離)を七・一(一八・二-一一・一《空走距離》=七・一メートル)、Vを四〇としてあてはめると、原判決のいう摩擦係数が導き出される。しかし、夜明け前の暗い小雨の降る、湿潤した道路を時速約四〇キロメートルで前照灯をつけワイパーを回し走行していた被告人車両の位置やそのような状況で現認した被害者の位置を指示説明するのはある程度の幅をもつことを避けられないこと、右指示説明による距離は、空走時間を〇・八秒、摩擦係数を〇・五五で計算した場合の制動距離(空走距離+停止距離)である二〇・一二メートルと約一・九二メートル(この距離を時速四〇キロメートルで走行した場合、約〇・一七秒を要する。また、空走時間は、同一人でも走行の都度多少の違いが出てくる。)の差しかないこと、被害者を跳ね飛ばしたことによる運動エネルギーの喪失や、被告人の右指示説明が記憶の鮮明な本件事故直後になされていることなどを考え併せると、実況見分調書に記載された数値が取り上げるほど不正確であるとも考えにくい。
したがって、被害者の歩行速度の点について、原判決には誤認がある。
三 被告人車両の前照灯による照射と被害者の発見
1 <2>地点における衝突の回避可能性
本件事故当時被告人車両は前照灯を下向きにして走行していたので、まず、その場合の前照灯により照射できる幅について検討する。捜査段階において、被告人車両の前照灯を下向きにした照射実験が行われており、仮装中心線から照射できる幅が測定されている。仮装中心線とは運転席中央を意味するものと思われるので、車幅一・六九メートルの被告人車両〔自動車検査証謄本(検一五号)〕の右側端から約〇・四二メートル(被告人車両の右側端から車幅の四分の一の位置と考えてほぼ間違いないものと思われる。)の位置からの照射幅を測定したものと理解できる〔被疑車両照射実験報告書(検六号)〕。これによると、被告人車両は前照灯を下向きにした場合、約三六・九メートル前方では、仮装中心線から右方に約三・五メートル(被告人車両の右側端から右方に約三・〇八メートル《三・五-〇・四二=三・〇八メートル》)、左方に約五・六メートルの幅を、約一四・一メートル前方では、仮装中心線から右方に約二・八メートル(被告人車両の右側端から右方に約二・三八メートル《二・八-〇・四二=二・三八メートル》)、左方に約六・七メートルの幅を照射できることが認められるので、被告人車両が<2>地点から<ア>地点にいる被害者を前照灯で照射することは可能だったものと思われる。しかしながら、<2>地点から衝突地点までの距離は約一四・五メートルしかないから、時速四〇キロメートルで走行した場合の制動距離(空走時間を一秒、摩擦係数を〇・五五で計算した場合二二・三四メートル。空走時間を〇・八秒、摩擦係数を〇・五五で計算した場合二〇・一二メートル。)から考えて、衝突を回避することは不可能である。したがって、被害者が横断開始地点からどこまで来た時に、被告人車両の前照灯の照射範囲に入ったのか、その時の被告人車両の位置はどこかを次に検討すべきことになる。
2 被害者が被告人車両の前照灯の照射範囲に入った時の被害者及び被告人車両の位置並びにその時点における衝突の回避可能性
まず、被告人車両の右側端の延長線上から<ア>地点までの距離を求めることにする。被告人車両の車幅は、一・六九メートル〔自動車検査証謄本(検一五号)〕、被告人車両の左側端から衝突部位まで約〇・五メートル〔実況見分調書(検三号)〕であるから、衝突部位から同車両の右側端までは約一・一九メートル(一・六九-〇・五=一・一九メートル)となる。そうすると、被告人車両の右側端から走行車線側の中央線側端までの距離は、中央線の同側端から衝突地点までの距離約二・一メートルから一・一九メートルを引いた〇・九一メートルである(二・一-一・一九=〇・九一メートル)。次に、<ア>地点から中央線の対向車線側の側端までの距離は約〇・六メートルであるから、中央線の幅については、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令一〇条、別表第六により〇・一五メートル(同命令の定めは、〇・一五ないし〇・二〇メートルであるが、本件の場合被告人の利益に〇・一五メートルとする。)として計算すると、<ア>地点から被告人車両の右側端に下ろした垂線の距離は、約一・六六メートルとなる(〇・六+〇・一五+〇・九一=一・六メートル)。
被害者は中央線の対向車線側の側端から約二・七メートルの地点から道路の横断を開始し、その後被告人車両と衝突したものであるが、被害者が横断を開始した地点は、<ア>地点と衝突地点を結ぶ直線を延長した線が対向車線の外側線と交差した地点と考えられる。被害者の横断開始地点から被告人車両の右側端の延長線に下ろした垂線の長さは、約三・七六メートル(一・六六+二・一《二・七-〇・六=二・一》=三・七六メートル)であるから、被告人車両が<2>地点より手前を走行中、横断開始地点にいる被害者を被告人車両の前照灯で照射することは困難であったものと思われる。したがって、被害者は、横断開始後、<ア>地点に到達するまでの間に被告人車両の照射範囲に入ったものである。
被害者はその進行方向に向かって右斜めに道路を横断しているところ、実況見分調書(検三号)、自動車検査証謄本(検一五号)により認定できる距離関係に、直角三角形の相似形、ピタゴラスの定理等を使って被害者の横断開始地点、被告人車両の照射範囲に入った地点等の距離関係を図示すると、別紙2のようになる(なお、前述のとおり、道路の中央線の幅については、〇・一五メートルとした。)。
被告人車両から見て、同車両の右側端の延長線から右方の照射可能な幅は、前方三六・九メートルの地点において約三・〇八メートルであるところ〔被疑車両照射実験報告書(検六号)〕、後述のとおり、被害者は被告人車両の前方三六・九メートルより短い距離において前照灯の照射範囲に入っているが、三・〇八メートルを最大照射幅として検討を進める。
別紙2のとおり、被告人車両の右側端の延長線から垂直に約三・〇八メートルの地点(別紙2のE地点。この時に同F地点にいる被害者が被告人車両の照射範囲に入った。)から<ア>地点まで約一・四二メートル、この時の被害者の位置(同F地点)から<ア>地点までは約一・四四メートルであり、この距離(約一・四四メートル)を被害者が時速約八キロメートル(秒速約二・二二メートル)で歩行すると、約〇・六五秒を要する。この間に時速約四〇キロメートル(秒速約一一・一一メートル)の被告人車両は約七・二メートル進行する。したがって、被告人が被害者を発見することが可能になったときの被告人車両の位置は<2>地点から約七・二メートル手前になり、衝突地点からは、約二一・七メートル手前になる(一四・五+七・二二=二一・七メートル)。被告人車両の速度を時速四〇キロメートル(秒速一一・一一メートル)、本件事故当時道路は湿潤していたので摩擦係数を〇・五五(時速四〇キロメートルの停止距離は一一・二三メートル)、空走時間を一秒で計算すると制動距離(空走距離+停止距離)は二二・三四メートルになる(空走時間を〇・八秒《時速四〇キロメートルでは八・八九メートル進行する。》で計算すると、制動距離は二〇・一二メートルになる。)。したがって、被告人車両の前照灯の照射可能な範囲に被害者が入った地点において直ちに急制動の措置をとっても、衝突を避けられなかった蓋然性が高かったものと思われる。
四 横断開始地点付近の明るさ、被告人が、同地点にいる被害者を発見できた可能性の有無
1 横断開始地点付近の明るさ
原判決は、「有罪認定の理由」において、現場付近の照明の状況、原審検証調書から考えても、横断歩道付近は相当明るかったと推認されると説示しているところ、右検証調書によると、平成六年一月二八日午後一〇時四五分から午後一一時二〇分までの間、本件事故現場付近において実施された原審検証時には、横断歩道の右側に倉岡内科外科医院の広告看板灯(以下「広告看板灯」という。)が立っており、これが横断歩道付近をかなり明るくしていたとされている。
そこで右の点について検討すると、被告人の原・当審公判供述、検察官調書(検一〇号)、警察官調書二通(検八、九号)、C(検一九号)、D(検二〇号)、E(検二二号)、F(検二四号)の各警察官調書、電話聴取書(検一八、二三号)、原審検証調書、実況見分調書(検三号)、新聞記事の写し(弁九号)、写真一二枚(弁二号)によれば、次の事実が認められる。本件事故当日の日の出は午前七時二〇分(事故の約三五分後)、月の出は午前七時一七分(事故の約三二分後)、月齢は〇・一である。本件事故当時の天候は、小雨であった。事故現場付近の光源としては、近くに西鉄三沢駅があり、本件事故当時は既に始発列車の運行が開始されていたので、駅の照明やプラットホームの明りが点灯していた。同駅前の踏切には照明柱がある(西鉄大牟田線線路の左側で、かつ、踏切の北端から約五メートル北方の地点に四〇〇ワットの電球が設置してある。)。本件横断歩道の右側には、広告看板灯(四〇ワット及び二〇ワットの白色蛍光管が各二本取り付けられている。)が点灯していた。また、県道の左側(歩道と車道の境界付近)には、約一五・五メートル間隔で街灯(高さが約五・二メートルあり、七五ワットの水銀灯が一個取り付けられている。但し、昭和五七年に設置されており、年月の経過により、当初の約七割程度の明るさになっていた。)が設置されていた。本件事故当時県道右側の民家の明りはついていなかった。なお、事故現場から右に入った倉岡外科内科医院の屋上照明は、日没後から翌日午前零時までしか点灯されないので、本件事故当時は、点灯していなかった。
別紙2のとおり、被害者の横断開始地点は横断歩道から約一・七四メートル津古方面寄りであり、広告看板灯の柱は県道から多少奥まった所にあり、その距離は横断歩道の西端まで路側帯(約一・二メートル)の約二倍程度はあるものと思われるし、看板自体の下部もかなり高く(地上約一・三メートルの高さになる円形の赤色点滅板の約二倍程度の高さがある。)、看板自体の縦の長さも地上から看板下部までのそれと同程度はあるものと認められる〔原審検証調書、写真一二枚(弁二号。特に<8>の写真)、実況見分調書(検三号)〕。本件事故当時と原審検証時の状況を比較すると、本件事故当時は、小雨が降っていて被告人はワイパーを作動させていたのに対し、原審検証時は時々小雨が降る曇り空で時折雲間から月が見え隠れしていた。しかも、原審検証時には、本件事故当時なかった押しボタン式信号機や、津古方面から大保方面に向かって進行した場合、本件交差点を過ぎて道路右側にある最初の民家(酒店)前に照明付の自動販売機七台が設置されていた。本件事故当日の月齢は〇・一、事故は月の出(午前七時一七分)〔新聞記事(弁九号)〕の約三二分前に発生しているのに対し、原審検証時の月齢は一六・二、原審検証は月の出(午後六時四二分)〔新聞記事(弁一三号)〕から約四時間ないし四時間四〇分後に行われている。原判決は、「有罪認定の理由」において、原審検証時に、事故地点の数十メートル北方の、人工的な照明としては街灯以外にない(付近民家の明りはほとんど届かない。)場所で、月が雲に隠れた状態で、約三〇メートル先のコンクリート製電柱を認めることができたことから判断して、事故地点はそれ以上の視認距離があったものと推認できるとしている。しかしながら、まず、色が白に近く、高さも人間よりはるかに高いコンクリート製電柱についての視認の可否を、本件事故の被害者である七〇歳の黒いハーフコートを着用した老女〔現行犯人逮捕手続書(検二号)〕についての視認の可否とを比較すると、明らかに後者の視認の方が難しいといえるから、前者の視認の可否をもって後者の参考にすることはかなり問題があるし、本件事故当時の月齢の違い、月の出の前か後か、降雨の状況や被告人がワイパーを使用していたこと、信号機や前記酒店の照明付自動販売機の設置の有無等の違いからすれば、事故地点の数十メートル北方での視認状況をそのまま本件事故当時の状況と同視することはできない。更に、広告看板灯は緑地に白抜きのものであるから、中に取り付けてある蛍光灯の照明力もかなり割り引いて考えざるをえず、それが歩行者を照らすのにそれほどの効果があるとは考えにくい。三沢駅及びそのプラットホームの照明は、被告人の進行方向からいえば、被害者の横断開始地点より前方の左側にあって、かつ、被害者とその照明との間には、県道、西鉄大牟田線の線路が介在している。踏切の照明も、踏切内を照射するのを目的としているものであって、被害者とその照明との間には前同様、県道、西鉄大牟田線の線路が介在している。また、街灯も県道上、被害者が横断を開始した場所の反対側にあるので、被告人の進行方向から見て、横断開始地点にいる被害者をどれだけ照らし出せるのかその有効性には疑問がある。したがって、以上述べたような状況あるいは本件事故当時と原審検証時の状況の相違からすれば、本件事故当時、横断開始地点において、被告人が被害者を発見することができたのかどうか疑問が残るといわざるをえない。横断開始後の状況も同様に考えざるをえないから、被害者が横断開始後、被告人車両の前照灯の照射範囲内に達するまで、被告人が被害者を発見することはできなかったのではないかという疑問が残る。そうすると、広告看板灯の照明によって、横断歩道付近が相当明るかったと推認し、被告人車両から見た場合、三〇メートル以上の視認が可能だったという原判決には誤認がある。
2 横断開始地点にいる被害者を被告人が視認する可能性があった場合の問題
別紙2のとおり、被害者が横断開始地点から被告人車両の照射範囲内に入る地点まで約〇・七メートルの距離があり、時速約八キロメートルで進行すると約〇・三二秒を要する。この間に時速約四〇キロメートルで走行している被告人車両は約三・五メートル進行する。したがって、被害者が横断を開始した時の被告人車両の位置は衝突地点の約二五・二メートル手前になる。被告人車両の制動距離は、前述のとおり、時速四〇キロメートルで走行した場合、空走時間を一秒、摩擦係数を〇・五五で計算すると二二・三四メートルとなるから、仮に被告人が本件事故当時横断開始地点にいる被害者を視認できる可能性があったとすれば、制動距離として約二・八六メートルの余裕を残すことになるが、この距離を時速四〇キロメートルで走行すると、約〇・二六秒を要するにすぎず、本件事故当時予め被告人が被害者の存在を認識していたわけではなく、被害者は県道と交差する道路から県道に出てきたものと思われる〔Gの警察官調書(検七号)〕が、前述した照明、気象状況の中で、県道と交差する道路から時速約八キロメートルの早足で黒いハーフコートを着用した老女が県道に出て横断を開始した場合、これを発見するのが多少遅れてもやむをえないものと考えられるから、発見がこの約〇・二六秒間遅れたことをもって業務上の過失があると評価することは躊躇される(原審第七回公判での論告において、検察官は、被害者が横断を開始した際の被告人車両の位置は、衝突地点から二五・五メートル手前であり、被告人車両の制動距離は二三・五メートルであるとして、被告人が前方左右を厳に注視して被害者を早期に発見し制動措置を講ずれば、事故を避けることができたと主張しているが、本件事故当時右両者の距離の差である二メートルの余裕があったとしても、この間を時速約四〇キロメートルで進行する時間はわずか約〇・一八秒であるから、なおさらであり、右論告の前提をとったとしても、本件事故を回避できたかどうか疑問が残るといわざるをえなかったものである。)。のみならず、制動距離を正確に算出することには困難性を伴うことを考慮すれば、この程度の余裕をもって被告人車両が確実に事故を回避することができたとはいいがたい。
五 まとめ
以上のとおりであり、事故現場付近の照明、本件事故当時の天候等を考えると、被告人において前方注視義務を尽くしても、横断開始地点から被告人車両の前照灯による照射可能な地点に到達するまでの間を歩行する被害者を認識することはできなかったのではないかという合理的な疑いが残るので予見可能性があったとはいえない。また、被告人車両が道路を横断中の被害者を前照灯の照射によりとらえることが可能になった時点においては、もはや被告人が急制動をかけても衝突を避けられなかった疑いが残るから、被告人において本件事故の回避可能性があったとまでいえない。したがって、被告人に過失があったとはいえないから、これを認定した原判決には、判決に明らかに影響を及ぼす事実の誤認がある。論旨は理由がある。
第二 破棄自判
よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して、当裁判所において更に次のとおり判決する。
本件公訴事実は、「被告人は、平成四年一二月二四日午前六時四五分ころ、業務として普通貨物自動車を運転し、福岡県小郡市三沢三九四九番地の五付近の道路を津古方面から大保方面に向け時速約四〇キロメートルで進行するに当たり、前方に横断歩道が設けられていたのであるから、前方左右を注視し、横断者の有無及び動静を確かめ、進路の安全を確認しながら進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右前方の注視不十分のまま前記速度で進行した過失により、右横断歩道の直近を右から左へ横断歩行中のA子(当時七〇歳)を右前方一三・九メートルの地点に初めて認め、急制動の措置を講じたが及ばず、同人に自車左前部を衝突させて路上に転倒させ、よって、同人に頭蓋底骨折の傷害を負わせ、同日午前六時五八分ころ、同市三沢三九四九番地の七の倉岡外科内科医院において、同人を右傷害により死亡するに至らしめた。」というものであるが、前述のとおり、被告人の過失を認定することはできないから、結局犯罪の証明がないものとして、刑訴法三三六条により、被告人に対して無罪の言渡しをすることとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 池田憲義 裁判官 川口宰護 裁判官 林 秀文)